【開催報告】終わらない福島原発 事故と刑事裁判のゆくえ

「原発事故は、生まれ育った場所の風土、歴史、人情、人のつながり、、、すべて奪い尽くした。でも、諦めないでやるしかない。」
福島原発刑事訴訟支援団団長の佐藤和良さんが子どもの頃に素潜りした海の中の様子は、今も脳裏に焼き付いているそうです。その海に注ぐ川の河口近くでプルトニウムが検出されました。

「被害者として『風評被害に合うから、差別を助長するから、騒がないで、言わないで』では未来に子供達につながらない。被害者が声をあげ続けるのは被害者の責任。」という言葉が重く響きます。
原発事故から間もなく7年を迎える現地の今は、被害者より加害者が優先、被害者は疲弊し加害者は居直り、人よりも経済優先、東京五輪までに原発事故は終わったことにしたいのでは?と思える政策の数々です。これらは国の被害者切り捨て政策、棄民政策とも言えるのではないでしょうか。

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・政府の原子力緊急事態宣言は、未だ解除されず。
・2016年4月〜2017年3月の一年間の、1号機から4号機の大気中への放射性物質放出量の平均値は、毎時9万ベクレル。この数値に海への流出量は含まれず。
・原発の冷却材喪失事故は、地震による配管の破断から始まり、建物地階の非常用電源が津波により喪失した事で起きた。
・ベントを行った排気筒の汚染は深刻で、腐食による倒壊と汚染の危険が高まっている。

・被災地ながら避難者も受け入れている福島県いわき市では、元々のいわき市民と避難者の間で国の賠償金の差がつき、軋轢が生じた。
・賠償金、避難者への住宅無償提供などは次々と縮小や打ち切りに。これは避難区域指定を解除する動きと連動している。
・原発事故前は「原発はクリーンで安全」だと『原発安全』キャンペーン、事故後は「100ミリシーベルトまでは大丈夫。年間で20ミリシーベルトまでの追加被ばくは安全。低線量なら安全」だと『放射能安全』キャンペーンが大々的に繰り広げられている。
・国の法律では一般市民の放射線被ばく量は年間1ミリシーベルトにも関わらず、福島県では年間20ミリシーベルトと、ダブルスタンダードの状態。これは被ばくを強要し、耐え忍びなさいと言っているも同然ではないか。
・トリチウムの海洋放出計画も進行中。事故前にもトリチウムの海洋放出は行われていたが、今までより高濃度での放出となり漁民にとっては死活問題。原子力規制庁の更田委員長が市町村長に海洋放出を迫っているが、実際は被害者よりも加害者優先と不信が募っている。
・比較的影響の少ないと言われる、沖合漁業に関連する地元の水産加工業者が倒産。このまま倒産の波が加速し地域の漁業(伝統・風土)そのものが失われかねず、風評被害ではなく実害。
・今でも十万人余りの避難者、汚染地に暮らす187万人の福島県民が存在。母子避難による家族の物理的・精神的な分断や、精神的・経済的な困難も伴っている。
・小児甲状腺がんが194人と多発し154人もの子供達が手術を終えているにも関わらず、国は原発事故由来と認めていない。また急性心筋梗塞の死亡率が全国1位となった。
・甲状腺がんは学校健診が行われているが、過剰診断になるから止めよう、という専門家の動きが出ている。
・2012年6月に福島地検に刑事告訴するも、2013年9月東京五輪誘致の時の、原発事故は「アンダーコントロール」発言のあった翌日、東京地検へ移送され被疑者全員が不起訴処分。2度の検察審査会の起訴議決により強制起訴が実現。
・33人中たった3人の起訴だが、起訴できない事には誰も責任を問われず、真相を明らかにすることも叶わないため、真相を明らかにする土俵が出来たこと、後押ししてくれた東京の検察審査会には感謝の気持ち。
・2016年2月東京地裁での強制起訴から第1回公判が開かれたのは、一年以上経った2017年6月、第2回公判はさらに半年経った2018年1月26日とつい最近。
今年(2018年)の秋までに証人尋問や証拠調べを進める様な公判期日で、早ければ年内、年度内に結審するのでは?との予想も。
・責任を問われている当時の会長、副社長2名の計3名は、「原子力の専門では無い」「津波のシミュレーションは信頼性が無いと思っていた」「津波の試算は検討を任せていたし補助する立場で権限は無い」から「責任は無い」とそれぞれが無責任発言。
しかし、新潟県中越沖地震を受け、福島原発にどの位の規模の津波が来るか、2008年に東電は試算し検討、原発全体を囲む防潮堤の計画をしていた。
津波の専門家から、国の専門機関が指摘した通り大津波を想定するようアドバイスや、原発を止めずに済む理由が作れないか検討されていたことが明らかに。東電も「津波対策は不可避」と記録。
ところが問題は先送り、対策は取られず、国への報告は2011年3月11日の4日前。
予見していたにもかかわらず、運転停止のリスク・経済的理由から対策を放置したために起きた事故であり、業務上過失致死傷罪として裁判で追及。

「責任を取りましょう、法律は守りましょう、みんなでやれる事はみんなで、みんなで出来ない事は自分で、一方的でなく、一人一人の人間が判断できるものを持ち、一人一人がつながる事が大事ではないか」
佐藤さんが参加者の質問に答える中で仰った言葉です。

事故からまもなく7年、赤ちゃんだった子たちはもう小学生です。小学生以下の子たちは、放射能汚染のある日本しか知りません。真相を明らかにすることは、未来ある子ども達のために責任を持ってやらなくては、と感じました。

見千

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